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機能性MRI造影剤の開発

はじめに

核磁気共鳴画像法 (MRI)は非侵襲に体内の深部でも高解像度の画像が得られることから、臨床診断で最もよく使われる測定モダリティの一つである。さらに、造影剤の使用により、部位特異的な情報や生体の挙動に関して詳細な機能を調べることが可能となる。特に、緩和速度、NOE、化学シフトなどからも情報が得られることから、細胞内の挙動を調べる分子プローブ開発において、最も有力な検出モダリティとして期待されている。まず、かご型シルセスキオキサン類 (POSS, 図1)の特性を新規MRI造影剤として利用した研究について紹介する。次に、酸化鉄ナノ微粒子(SPIO)を用いた機能性MRI造影剤について説明する。

図1. POSSの構造

高感度Gd造影剤のための新規キレーターの開発

POSSは剛直な分子であり、この性質はMRIで使用する造影剤の開発に有利であることが示唆されている。この章では、Gd3+と高い親和性を有する新規POSS核デンドリマーを合成し、このGd錯体がMRI造影剤として高い造影能を有していることについて述べる。(図2)さらに、POSS−Gd錯体における分子内の剛直性がMRIの造影に及ぼす効果について考察を行ったので説明する。
 世代数が1.5から3.5までのポリアミドアミン骨格をデンドロンとして有するPOSS核デンドリマーを合成し、Gd3+と錯形成を行った。それぞれの錯体の溶液を7 TのMRIでT1強調画像を撮像した所、DOTAやDTPAという従来の市販品の錯体よりも10から100倍低濃度でも明瞭なコントラストを得た。(図3a)また、POSS−Gd錯体は肝細胞を用いた細胞毒性試験やマウスによる急性毒性の評価より、従来品より低毒性であることが分かった。(図3b)以上のことから、生体への負荷の低い造影剤としてPOSS−Gd錯体は働くことが分かった。また、緩和度やτR, τMの算出より、POSSの剛直性が緩和能向上に寄与していることが明らかとなった。

図2. POSS核デンドリマーによるGd造影剤

図3. (a)7TのMRI装置によるT1強調画像. (b) 正常肝細胞による細胞毒性実験.

  • Tanaka, K.; Kitamura, N.; Naka, K.; Morita, M.; Inubushi, T.; Chujo, M.; Nagao, M.; Chujo, Y. Polym. J. 2009, 41, 287

19F MRI造影剤の開発

酵素反応や生体内の環境変化を調べるためには、対象を認識することで信号変化を示す機能性造影剤が必要となる。本項では、この目的のためにNMRシグナルの制御原理について述べる。ここで、細胞中にフッ素原子はほとんど存在しないため、19F MRIでは高いS/N比で造影剤を検出することができる。また、19F MRIでは造影剤上のフッ素原子核を直接測定するため、強度の数量化が容易である。これらの利点より、生体反応に応答して19F NMRシグナルを変化させるプローブについて説明する。一般に高フッ素化物は溶媒への溶解性が低い。一方、高感度の検出を行うには電子的に等価なフッ素原子を一分子中に集積しなくてはならない。このトレードオフ関係の解決のために、POSS にトリフルオロアセチル基を導入した高フッ素化POSSを合成した。(図4)このフッ素化POSSは高い水溶性を示し、フッ素原子を多数分子内に有することから、既存の19F MRI造影剤よりも10倍程度高い感度で検出が可能であった。さらに、pH変化やプロテアーゼ添加において耐性を示し、血清中でも沈殿や凝集などが起こらなかったことから、生体からも安定してシグナルを発信することが可能であると考えられる。本章では、ここで得られたフッ素化POSSにスイッチ分子を導入することで、生体内の様々な変化の検出に対応したプローブの作成について述べる。

図4. 水溶性高フッ素化POSS核デンドリマー

可逆的シグナル応答プローブ

NMR測定において、常磁性金属イオンは近傍の原子核の横緩和を促し、NMRシグナルの感度を大幅に減少させる。また、錯体内の金属イオンは価数の増減により磁性の制御が可能である。19Fと金属錯体を近傍に存在させることでNMRシグナル強度の可逆的スイッチングを行い、生体内の酸化還元反応を追跡するプローブを作成した。(図5)ここで、常磁性金属による相互作用は距離依存的に減衰する。POSSは同世代のデンドリマーと比べコンパクトな構造を有しており、磁性スイッチ分子からの効果を最大限に引き出すため、POSSを足場とした分子設計は有利である。以上のことを踏まえ、シグナル制御のための金属錯体としてのフェロセンを有する修飾POSSを合成した。フェロセン中の鉄イオンは二価であるので反磁性であり、19F NMRシグナルが得られた。次に酸化剤を用いてフェロセン部位を酸化し19F NMRを測定すると、シグナルが大きく減少した。(図6)これは三価の鉄イオンの常磁性のために、フッ素原子の横緩和が加速されたためであると考えられる。続いて、生体内に存在する還元剤のビタミンCをこの溶液に添加し19F NMR測定を行ったところ、シグナル強度が回復した。以上の結果は可逆的シグナル変化が可能となったことを意味する。

図5. 可逆的酸化還元MRプローブ

図6. 酸化還元反応による19F NMRシグナル変化

  • Tanaka, K.; Kitamura, N.; Takahashi, Y.; Chujo, Y. Bioorg. Med. Chem. 2009, 17, 3818

分子運動制御によるナノ微粒子型プローブの作成

NMR測定の際、分子の自由回転が抑制されると化学シフトの異方性が平均化されず、感度が大幅に低下する。我々はこの現象を利用して生体反応追跡のための19F MRIプローブの作成を行った。(図7)上記で合成したフッ素化POSSをりん酸加水分解酵素の基質となるホスホロジアミデート構造を介してシリカナノ微粒子が結合させた。ナノ微粒子表面上では擬似的な固相状態となることで、NMRシグナルが減少すると考えられる。実際、このナノ微粒子型プローブの分散液を用いて19F NMR測定を行った所、シグナルは観察されなかった。続いて、フッ素化POSSの酵素による放出を調べるために、リン酸分解酵素によるリンカーの加水分解反応を行った。反応後1時間で19F NMRシグナルが得られ、12時間でシグナル強度が最大となった。また、シグナル強度を検量線と比較することで、反応率の定量的解析が可能であった。これは酵素反応によってフッ素化POSSがナノ微粒子表面上より放出されたために分子運動が回復し、NMRシグナルも観られるようになったと考えられる。

図7. ナノ微粒子型プローブによる分子運動調節

  • Tanaka, K.; Kitamura, N.; Naka, K.; Chujo, Y. Chem. Commun. 2008, 6176

マルチモダルレシオ型センサー

単一の入力信号の強度に対して、同時に比例・反比例の異なる二つの応答を示すものをレシオ型センサーと呼ぶ。このような挙動を示す分子を生体プローブとして使用すると、プローブの局所的濃度の差異に基づくシグナルの誤差を排除できる。また、MRI/蛍光など異なるモダリティで検出が可能なプローブは、ノイズや非特異的シグナル応答を排除することで測定の正確性を高める。さらに呼吸や心拍による同期の問題を解決する。POSSの環境に応答した分散特性を利用して 19F NMR/蛍光レシオ型マルチモダルプローブの開発を行った。(図8)
 フッ素化POSSに溶液の粘性によって発光強度が変化する色素を加え、プローブ分子とした。このプローブ分子は極性溶媒中では凝集しながら分散することで、蛍光発光のみが得られると予想される。一方、溶媒の極性が低下することで分子の凝集が解け、自由な分子運動が回復すると考えられる。その状態では19F NMRシグナルのみが観測されると期待される。実際、メタノールがそれぞれ 10 vol% である水溶液ではCCVJ由来の蛍光発光が観測されたが、その溶液からは19F NMRシグナルは得られなかった。一方、メタノールの濃度を上昇させると蛍光発光は減少し、逆に19F NMRシグナル強度は増加した。また、DLS 測定より、10, 25, 50 vol% から凝集体の存在を示唆する結果を得た。これらのことは、水の含有率の高い溶液中ではプローブが凝集し、プローブ分子の分子運動が抑制されるためであると考えられる。さらに、異なるpHの溶液中でそれぞれのシグナル強度を比較した所、pH 8を交点として強度の変化が現れた。この結果は、正常細胞よりもやや酸性である癌細胞表面において、レシオ型の検出が可能となることを示唆している。

図8. マルチモダルレシオ型センサーによる極性とpHの追跡

  • Tanaka, K.; Inafuku, K.; Chujo, Y. Bioorg. Med. Chem. 2008, 16, 10029

DNAアプタマーによるSPIOの可逆的凝集制御を用いた高感度MRセンサー

SPIOは凝集すると周囲の水分子の横緩和時間を大きく短縮する。その結果、T2強調画像で陰性造影能が増強される。一方、SPIOの表面は活性が高く安定性の確保と感度の両立、ならびに機能化のための修飾について検討が必要である。本研究では、SPIO表面と様々な官能基との結合力を定量化し、SPIOの表面に直接修飾するためのリガンド分子の設計指針を提示した。これらの知見を活かし、生理活性分子によるSPIOの修飾とそれらを認識する分子を介してSPIOを凝集させる方策を考えた。特に、凝集を制御する相互作用としては、小分子―アプタマー間結合や、DNAの相補的結合など、非共有結合性の相互作用を利用する系を用いた。この様な系では、ターゲット特異的且つ環境の変化に鋭敏で、凝集と分散の可逆的な制御が可能となると考えられる。
 リガンド分子としてビオチン、ヘム、DNA等を用い、それぞれ特有の相互作用を利用してSPIOの凝集実験を行った。(図9)目視およびDLS測定によって凝集状態を確認することができた。また、MRIによるT2緩和測定においても緩和速度の大幅な増強が見られ、造影効果の差としても確認できた。さらに酵素反応によって凝集と分散の可逆性を確認することができた。SPIOの凝集制御は多くの先行研究が存在するが、小分子―アプタマー間結合のような、非共有結合性の相互作用を用いることで可逆的に酸化鉄ナノ粒子の凝集制御を行った例はあまりない。さらに、アプタマーの塩基配列を変化させることで、結合する小分子を自由に変化させることができる点で一般性の高い手法といえる。

図9. リガンド分子を用いたSPIOの凝集

  • Tanaka, K.; Kitamura, N.; Morita, M.; Inubushi, T.; Chujo, Y. Bioorg. Med. Chem. Lett. 2008, 18, 5463

複数個のSPIOを核に有するコア−シェル型シリカナノ微粒子の作成と高感度陰性MRI造影剤としての利用

酸化鉄ナノ粒子は市販の MRI 造影剤として用いられているが、分散性を保つのに多量の表面修飾剤を必要とする。市販の粒子にはデキストランなどが用いられているが、分散性と生体への親和性のみを担っており、応答や認識などの機能はもっていない。これをシリカコーティングでコアシェル型ナノ粒子にすると安定性が向上し、機能性分子修飾の足がかりにもなる。一方でシリカコーティングによって造影剤としての感度は低下してしまう。そこで、複数の酸化鉄ナノ粒子をコアに持つことで感度が向上すると考えられる。本報告では複数の酸化鉄ナノ粒子をもつシリカコーティングコアシェル型ナノ粒子を作製し、評価を行った。また、シリカ層を削ることによる磁気シグナル増強を試みた。遠心沈降とアルカリ処理を行うことで目的のナノ微粒子を調製し、MRIの造影能を調べた。(図10)以前のものと比較して10倍程度の感度の向上が観られた。一方、安定性については以前のものと同様に一週間以上水中で単分散状態を維持することが可能であることが分かった。本研究プロトコルを用いることで、既存の微粒子でも表面修飾は変えずに感度のみを大幅に向上することが可能であることが期待できる。

図10. 複数SPIO核内包化コアシェル型シリカナノ微粒子調製のスキーム.

  • Tanaka, K.; Narita, A.; Kitamura, N.; Uchiyama, W.; Morita, M.; Inubushi, T.; Chujo, Y. Langmuir 2010, 26, 11759

展望

MRIの撮像時に人体は高磁場中でマイクロ波に曝される。しかし、臨床で使用されている機器の5倍以上強い10 Tの磁場中であっても、人体が受けるエネルギーは室温から得られるエネルギーの二十分の一である。また、マイクロ波は通信機器に使用されている程度の低いエネルギーである。したがって、MRI診断による電磁波の影響は極めて低いといえる。そのため、MRIは同一個体で短期間に何度も撮像することが可能であり、中長期的に経時的な診断を行うのに非常に適した画像化法である。今まで紹介したプローブを応用することで、例えば薬剤の代謝経路追跡など、基礎研究においても新しい測定ツールを提供することができると考えられる。また、プローブのシグナルの変化量を段階的に色付けすることで、MRI画像をマルチカラー化する技術への応用も期待される。さらに、細胞1つから情報抽出が可能となるために、解像度の大幅な向上が見込める。以上のように、本研究成果は、医学分野や工学などの幅広い分野への応用が期待できる。